猫の額
#エリオット
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録
****************
「悪い!」
廊下を歩いていると、いきなり背後から肩を引っ張られ、無言で悲鳴を上げる。何事かと思えば、エリオットが必死な形相で私の肩を掴んでいたのだった。
「え、な、何?」
「……約束、してたのに。本当にすまねぇ」
「……約束?」
意味がわからない。
そんなもの、してたかしら。
疑問符だらけの私に気づいていないのか、エリオットは悲痛な表情でまくしたてる。
「今度! 今度絶対埋め合わせするからな! だから、だから……」
しょん、と耳が垂れる。うっ、と沸き起こる衝動に耐え、エリオットの話に耳を傾ける
「――だから?」
「……嫌いにならないでくれよ?」
私にどうして欲しいんだろうか、このウサギは。
「本当に、ごめん。でもなアリス、俺、アリスのこと大好きだからな! それだけは信じてくれ!」
「わ、わかった、わかったわ。ちょっと落ち着いて……」
エリオットの垂れきった耳やら、言動やらに耐え難いものを感じながら、口の前に指を立てる。エリオットの声は馬鹿でかく、いつ誰に聞かれるかわかったものではない。どうせエリオットとの仲は周囲の知るところであろうが、聞いて欲しい内容でもない。
「……今度の埋め合わせ、楽しみにしてるから」
「っ、あぁ!」
何に対する埋め合わせなのか。わからないままに返事をすれば、表情が一瞬で切り変わり、耳はぴんと伸びる。
「それよりも、仕事気をつけてね?」
「大丈夫だ。すぐ、帰るから。待っててくれよな? どこにも行くなよ?」
ぎゅっと両手を握って焦る姿は、恋人というよりも子ども、もしくは動物のように見える。いや、動物なのだが。まあそんなことはどうでもいいぐらい、この図体の大きな男が可愛くて、思わず頬が緩む。
「えぇ。屋敷でずっと待ってるから、安心して?」
それでやっと安心したのか、彼は満面の笑顔になった。この全身で向けられる好意が苦手だったはずなのに、今はとても心地良い。そして、私も愛情を素直に返して行けたらいいのになと思う。
「いってらっしゃい」
「いってくる」
片手を軽く上げて、何度も私を振り返りながら去って行く。その姿に寂しさと、暖かな気持ちがないまぜになる。
こんな風に、誰かの帰りを待つ自分は嫌いじゃない。
「お嬢さん」
「!」
いきなり背後から声をかけられて振り返れば、眠そうな目をしたブラッドが立っていた。
「人手が足りなくてな。少し手伝って欲しいことがあるんだが」
「い、いいわよ」
見られてないわよね、と心臓が早鐘のように鳴る。あんな、超バカップルなところを他人に見られていたら――特にブラッド――恥ずかしくて穴から出てこられない。
「では、使用人室に行ってくれないか。あとは部下が説明する」
「……あなたも出かけるの?」
「ああ、面倒だが仕方がない」
ブラッドが赴くぐらいだから、緊急事態なのだろう。おまけに私にも手伝いを頼むなんて――。
エリオットは大丈夫なのかしら。不安がよぎる。
「――それにしても、人とは面白いな」
「は?」
「クールな君が、まさかこんな風になるとは思わなかった」
「…………見てたの?」
「ああ、見ろ。この鳥肌をどうしてくれる」
「死ねば?」
「エリオット以外には、相変わらず、か。ますます気持ち悪いな」
薄く笑いを浮かべた彼に引きつる頬を返し、殺意を抑えながらブラッドに別れを告げる。
「お嬢さん」
荒々しく振り返ると、珍しくブラッドが真面目な顔をしていた。
「仕事、しっかりと頼む」
「言われなくてもするわっ」
ブラッドが、笑う。
「あと、エリオットのことも――」
「さっさと行きなさいよ!」
肩を竦めるブラッドを睨みつけながら、ふと、エリオットの顔が思い浮かんだ。約束って何だったのかしら。まあ、帰って来てから訊けばいい。先程よりも不安な気持ちは薄れていた。ああ、そうか。
足を止めたまま、じろりと家主を睨め付ける。余計を気遣いを、と思いつつも『わざわざ仕事を用意してくれた』ことには感謝する。
「……エリオットに、あまり無茶させないでよね」
「あぁ。約束しよう」
私にできるのは、無事に帰ってくることを信じること。彼の、帰りたいと思う居場所であることだけだ。
05 目の前の人よりいない人を想う
2024.04.27 21:00:00
ハートの国のアリスシリーズ
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「悪い!」
廊下を歩いていると、いきなり背後から肩を引っ張られ、無言で悲鳴を上げる。何事かと思えば、エリオットが必死な形相で私の肩を掴んでいたのだった。
「え、な、何?」
「……約束、してたのに。本当にすまねぇ」
「……約束?」
意味がわからない。
そんなもの、してたかしら。
疑問符だらけの私に気づいていないのか、エリオットは悲痛な表情でまくしたてる。
「今度! 今度絶対埋め合わせするからな! だから、だから……」
しょん、と耳が垂れる。うっ、と沸き起こる衝動に耐え、エリオットの話に耳を傾ける
「――だから?」
「……嫌いにならないでくれよ?」
私にどうして欲しいんだろうか、このウサギは。
「本当に、ごめん。でもなアリス、俺、アリスのこと大好きだからな! それだけは信じてくれ!」
「わ、わかった、わかったわ。ちょっと落ち着いて……」
エリオットの垂れきった耳やら、言動やらに耐え難いものを感じながら、口の前に指を立てる。エリオットの声は馬鹿でかく、いつ誰に聞かれるかわかったものではない。どうせエリオットとの仲は周囲の知るところであろうが、聞いて欲しい内容でもない。
「……今度の埋め合わせ、楽しみにしてるから」
「っ、あぁ!」
何に対する埋め合わせなのか。わからないままに返事をすれば、表情が一瞬で切り変わり、耳はぴんと伸びる。
「それよりも、仕事気をつけてね?」
「大丈夫だ。すぐ、帰るから。待っててくれよな? どこにも行くなよ?」
ぎゅっと両手を握って焦る姿は、恋人というよりも子ども、もしくは動物のように見える。いや、動物なのだが。まあそんなことはどうでもいいぐらい、この図体の大きな男が可愛くて、思わず頬が緩む。
「えぇ。屋敷でずっと待ってるから、安心して?」
それでやっと安心したのか、彼は満面の笑顔になった。この全身で向けられる好意が苦手だったはずなのに、今はとても心地良い。そして、私も愛情を素直に返して行けたらいいのになと思う。
「いってらっしゃい」
「いってくる」
片手を軽く上げて、何度も私を振り返りながら去って行く。その姿に寂しさと、暖かな気持ちがないまぜになる。
こんな風に、誰かの帰りを待つ自分は嫌いじゃない。
「お嬢さん」
「!」
いきなり背後から声をかけられて振り返れば、眠そうな目をしたブラッドが立っていた。
「人手が足りなくてな。少し手伝って欲しいことがあるんだが」
「い、いいわよ」
見られてないわよね、と心臓が早鐘のように鳴る。あんな、超バカップルなところを他人に見られていたら――特にブラッド――恥ずかしくて穴から出てこられない。
「では、使用人室に行ってくれないか。あとは部下が説明する」
「……あなたも出かけるの?」
「ああ、面倒だが仕方がない」
ブラッドが赴くぐらいだから、緊急事態なのだろう。おまけに私にも手伝いを頼むなんて――。
エリオットは大丈夫なのかしら。不安がよぎる。
「――それにしても、人とは面白いな」
「は?」
「クールな君が、まさかこんな風になるとは思わなかった」
「…………見てたの?」
「ああ、見ろ。この鳥肌をどうしてくれる」
「死ねば?」
「エリオット以外には、相変わらず、か。ますます気持ち悪いな」
薄く笑いを浮かべた彼に引きつる頬を返し、殺意を抑えながらブラッドに別れを告げる。
「お嬢さん」
荒々しく振り返ると、珍しくブラッドが真面目な顔をしていた。
「仕事、しっかりと頼む」
「言われなくてもするわっ」
ブラッドが、笑う。
「あと、エリオットのことも――」
「さっさと行きなさいよ!」
肩を竦めるブラッドを睨みつけながら、ふと、エリオットの顔が思い浮かんだ。約束って何だったのかしら。まあ、帰って来てから訊けばいい。先程よりも不安な気持ちは薄れていた。ああ、そうか。
足を止めたまま、じろりと家主を睨め付ける。余計を気遣いを、と思いつつも『わざわざ仕事を用意してくれた』ことには感謝する。
「……エリオットに、あまり無茶させないでよね」
「あぁ。約束しよう」
私にできるのは、無事に帰ってくることを信じること。彼の、帰りたいと思う居場所であることだけだ。
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