猫の額








#ブラッド
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録



****************




 いきなり差し出されたものを前にして、思わず固まってしまう。

「……何?」
「何、とは……。知らないわけではないだろう?」

 呆れたように言われて、そういう意味じゃない、と言い返すことができない。それぐらい、私は戸惑っていた。
 今、ブラッドが持っているものが、『何か』ぐらい当然知っている。
 薔薇の花束だ。
 薔薇一本はもちろんのこと、全体のまとまりも非常に美しい。
 ブラッドといえば、薔薇。そう連想できるほど関連の強いものだが、花束を差し出すことには結びつきづらい。それに――、

「…………今更?」

 ぼそりと呟く。
 男性が女性に贈るものとして、花は定番だろう。今までにも、豪華な服や装飾品とともに贈られたこともある。だが、手渡しで直接貰ったのは今回が初めてだ。
 しかも、私達は夫婦。恋人時代には色々送りつけられたが、今になってこんな『正当な』ものを『正攻法』で渡されても、どう捉えていいのかわからない。

「受け取らないつもりか?」

 高圧的に言われ、それが花を贈る態度かと睨み上げれば、彼は彼で怒ったような顔をしていた。
 だが、違う。これは照れているときの顔だ。
 その表情を見て、やっと喜びが湧いてくる。これは、素直に喜んでいいものだ。

「――ありがとう」

 やや頬を緩ませながら、手を伸ばす。意地っ張りで素直じゃない、私達にはいつものやりとり。
 花束を受け取れば、ずしりとした重さとともに、濃厚な薔薇の香りに息が詰まりそうになる。でも、嫌いな匂いではない。どこか安心する。ブラッドが、いつも漂わせている匂いと同じだからかもしれない。

「……嬉しいわ」

 もう一度、礼を言う。純粋にあふれた感情が、勝手に言葉を押し出してしまった。もしかしたら顔が赤いかもしれないと思うほど、彼からの贈り物に心が躍っている。
 花束の隙間からブラッドを見ると、眉根を寄せている。――どうやら、嬉しいらしい。

「嬉しいなら、素直にそういう顔をしたら?」
「べ、別に私は……」

 特徴的なシルクハットに手を触れながら、顔を逸らせ更にしかめっ面。その耳が、少しだけ赤いのは気のせいではないはずだ。
 変な人。
 今更薔薇の花束を贈ってみたり、照れてみたり。付き合う前後にあるようなやりとりだってそう。自分のことを棚に上げながら、深く息を吸い、またその香りに恍惚とする。

「――これ、どうして?」

 今日は何かの記念日だろうか。結婚記念日……というほど月日は立っていないし、そもそもこの世界に記念日なんてものはないはずだ。

「別に。意味はないさ」

 気怠そうに話しながらも、目を合わせてくれない。この人が、こんなにわかりやすい人だなんて思いもしなかった。ブラッドは、一緒にいればいるほど印象が変わる。
 冷たいようで、実はすごく優しい。善人よりも悪人に見られたい。ひねくれた人。そんなところも含めて、どうしようもなく愛しいと思う。
 一生、言ってやる気はないけれど。

「ねえ。今、暇なの?」
「あぁ、粗方片付いたところだ」

 目の下の隈が、少し濃くなっている気がする。また、仕事が忙しくなっているのかもしれない。

「じゃあ、ちょっと付き合って」

 直接休めと言っても、休む人ではない。結婚してから何度も喧嘩し、学んだことだ。
 予想通り、ブラッドはほんの少し眉を上げて、気怠そうに答えた。

「――奥さんのお願いだ。聞こう」

 表だけは、面倒くさそうに承諾する姿に、笑いを抑えきれない。

「で、何をするんだ?」

 どこまでいっても、素直じゃない人。それでも、愛されている事は十分伝わってくる。

「まず、花瓶にこれを生けて。それから……」

 今日は、月の綺麗な晩だ。外でこの薔薇を眺めれば、また違った美しさがあるだろう。

「私のために紅茶を淹れて」

 ブラッドが微笑う。そして、庭に行くために私の手を取った。

「お安い御用だ、奥さん」

 素直じゃない私達だから、どんな言葉もあなたには届く気がする。






04 優しい貴方に愛してとは言わない

ハートの国のアリスシリーズ 編集

Powered by てがろぐ Ver 4.1.0.