猫の額








#エース
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録



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「俺、君といると安心するんだ」

 愛おしげにそんなことを言われたら、普通は嬉しかったりときめいたりするものかもしれない。
 私だって例外ではなく、冷めたところはあるものの、多少は心動かされるはずだ。
 なのに、まったく動揺しないどころか、気持ちが盛り下がっていくのは何故だろう。


 エースだからだ。


 それ以上でも以下でもない。他に理由なんてない。

「……ありがとう」
「……顔と言葉が一致していないみたいだけど?」

 そういう彼は、困ったような、不思議そうな表情。これだけを見ていたら、とても良い人を困らせているみたい。だが、彼は良い人とは程遠い。かといって、悪い人かといえば疑問の残るところでもある。――だって、『悪い』とかいう範疇に収まらない人だから。

「理由を想像すると、こういう顔になるの」
「理由って……。君を好きな? つまり――うじうじしてて、自分が嫌いで、常に自己嫌悪の嵐で、後ろ向きで、その他色々な理由が?」

 嫌われているとしか思えない。というか、聞くたびに増えている気がするのは気のせいだろうか。色々って何よ(聞きたくないが)。

「……それを、本人に堂々と言うからよ」

 溜息をつきながら、頭をエースの肩にもたれかけさせる。自分の趣味とはかけ離れた、ハートの城オプションの派手なソファーは、座り心地は良い。外に出ない日は、とりとめもない話をしながら、彼とソファーでだらだら過ごすのが日課になってきていた。エースはというと、私の右手をとって、指を曲げてみたり、握ってみたりと遊んでいる。こうして気軽に触られることにも慣れてしまった。

「だって俺、君には誠実でいたいからさ」
「……せいじつ」

 ってどういう意味だっけ。別に彼が嘘つきだとか、そんなことは思わない。だが、誠実という言葉がこれほど似合わない人間もいるだろうか。

「逆に聞きたいんだけどさ」

 私の手をグーパーさせながら、エースが話しだす。

「俺が言ってることって、『そのままの君が好きだ』ってことなんだぜ? それって嬉しくないのか?」

 それは、あんたの言い方が悪いからよ。
 でもその答えは最適解ではないと、言葉を選ぶ。油断してぶつけた言葉で、理不尽なカウンターを喰らいたくはない。

「――私、自分が嫌いだから、それを好きだって言う人が信用できないのかも」
「でも、俺はそういうところが好きだからな……。困ったな。いつまでも信用してもらえない」

 ちっとも困ってない様子で、片手は私の手を握ったまま、もう片方の手は私の髪をそっとすくう。

「どうしたら、信じてくれる? もっと態度に表した方がいいのかな?」

 以前にも聞いた言葉。突如変わったささやき声に、反射的に身を固くする。もう彼の目は私の手ではなく、瞳を捉えていた。逃さないとでもいうように見据えられて、背中をソファに押しつけることで、少しでも距離を取る。……無駄だとはわかっているけれど。

「結構よ」
「遠慮しなくていいんだぜ?」
「全っ然、してないから。私、あなたのこと全面的に信用しているから。これ以上態度に出さなくても十っ分にわかってるから」

 さっきよりも近いエースの上半身を、さりげなく手で押し返しながら、横にずれる。

「アリス」

 髪に触れていた手が、すっと頬に落ちる。そこはどこよりも、エースの熱が直に伝わってくる気がする。でも、それは錯覚だ。だって彼は、手袋をはめているのだから。
 だから、今熱くなった頬は、私の内から起こった熱だ。

「好きだよ」

 明らかに『意図』を含んだ言葉。何度も言われたことのある言葉なのに、鼓動が早まり顔が更に火照る。目を合わせられないほど恥ずかしいと思うのに、逸らすことができない。
 乾いた手袋が私の頬を撫でる。その感触を頭の隅で感じながら、静かに唇に落ちた熱で、やっと瞳を閉じることができた。
 でもそれは一瞬で、すぐに離れた温もりに寂しさを覚えてしまう。彼との行為は、その繰り返しだ。より深くなることがわかっていても、離れた瞬間はそれで終わりなような気がするし、実際に終わるのだ。ずっとこうして、触れたまま生きていくことなどできないのだから。

 ――そっか。

 私といると、安心すると彼は言った。それに心が動かなかった理由が、今わかった。
 赤いコートの背へと手を伸ばし、まるでしがみつくように衣服を掴む。エースが小さく笑ったのが、気配でわかった。
 一緒にいても、安心なんてできない。ほんの少し離れただけで寂しいのだから。






03 優しい温もりは貴方とともに消える

ハートの国のアリスシリーズ 編集

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