猫の額
#エース
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録
****************
「俺、君といると安心するんだ」
愛おしげにそんなことを言われたら、普通は嬉しかったりときめいたりするものかもしれない。
私だって例外ではなく、冷めたところはあるものの、多少は心動かされるはずだ。
なのに、まったく動揺しないどころか、気持ちが盛り下がっていくのは何故だろう。
エースだからだ。
それ以上でも以下でもない。他に理由なんてない。
「……ありがとう」
「……顔と言葉が一致していないみたいだけど?」
そういう彼は、困ったような、不思議そうな表情。これだけを見ていたら、とても良い人を困らせているみたい。だが、彼は良い人とは程遠い。かといって、悪い人かといえば疑問の残るところでもある。――だって、『悪い』とかいう範疇に収まらない人だから。
「理由を想像すると、こういう顔になるの」
「理由って……。君を好きな? つまり――うじうじしてて、自分が嫌いで、常に自己嫌悪の嵐で、後ろ向きで、その他色々な理由が?」
嫌われているとしか思えない。というか、聞くたびに増えている気がするのは気のせいだろうか。色々って何よ(聞きたくないが)。
「……それを、本人に堂々と言うからよ」
溜息をつきながら、頭をエースの肩にもたれかけさせる。自分の趣味とはかけ離れた、ハートの城オプションの派手なソファーは、座り心地は良い。外に出ない日は、とりとめもない話をしながら、彼とソファーでだらだら過ごすのが日課になってきていた。エースはというと、私の右手をとって、指を曲げてみたり、握ってみたりと遊んでいる。こうして気軽に触られることにも慣れてしまった。
「だって俺、君には誠実でいたいからさ」
「……せいじつ」
ってどういう意味だっけ。別に彼が嘘つきだとか、そんなことは思わない。だが、誠実という言葉がこれほど似合わない人間もいるだろうか。
「逆に聞きたいんだけどさ」
私の手をグーパーさせながら、エースが話しだす。
「俺が言ってることって、『そのままの君が好きだ』ってことなんだぜ? それって嬉しくないのか?」
それは、あんたの言い方が悪いからよ。
でもその答えは最適解ではないと、言葉を選ぶ。油断してぶつけた言葉で、理不尽なカウンターを喰らいたくはない。
「――私、自分が嫌いだから、それを好きだって言う人が信用できないのかも」
「でも、俺はそういうところが好きだからな……。困ったな。いつまでも信用してもらえない」
ちっとも困ってない様子で、片手は私の手を握ったまま、もう片方の手は私の髪をそっとすくう。
「どうしたら、信じてくれる? もっと態度に表した方がいいのかな?」
以前にも聞いた言葉。突如変わったささやき声に、反射的に身を固くする。もう彼の目は私の手ではなく、瞳を捉えていた。逃さないとでもいうように見据えられて、背中をソファに押しつけることで、少しでも距離を取る。……無駄だとはわかっているけれど。
「結構よ」
「遠慮しなくていいんだぜ?」
「全っ然、してないから。私、あなたのこと全面的に信用しているから。これ以上態度に出さなくても十っ分にわかってるから」
さっきよりも近いエースの上半身を、さりげなく手で押し返しながら、横にずれる。
「アリス」
髪に触れていた手が、すっと頬に落ちる。そこはどこよりも、エースの熱が直に伝わってくる気がする。でも、それは錯覚だ。だって彼は、手袋をはめているのだから。
だから、今熱くなった頬は、私の内から起こった熱だ。
「好きだよ」
明らかに『意図』を含んだ言葉。何度も言われたことのある言葉なのに、鼓動が早まり顔が更に火照る。目を合わせられないほど恥ずかしいと思うのに、逸らすことができない。
乾いた手袋が私の頬を撫でる。その感触を頭の隅で感じながら、静かに唇に落ちた熱で、やっと瞳を閉じることができた。
でもそれは一瞬で、すぐに離れた温もりに寂しさを覚えてしまう。彼との行為は、その繰り返しだ。より深くなることがわかっていても、離れた瞬間はそれで終わりなような気がするし、実際に終わるのだ。ずっとこうして、触れたまま生きていくことなどできないのだから。
――そっか。
私といると、安心すると彼は言った。それに心が動かなかった理由が、今わかった。
赤いコートの背へと手を伸ばし、まるでしがみつくように衣服を掴む。エースが小さく笑ったのが、気配でわかった。
一緒にいても、安心なんてできない。ほんの少し離れただけで寂しいのだから。
03 優しい温もりは貴方とともに消える
2024.04.27 21:00:00
ハートの国のアリスシリーズ
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「俺、君といると安心するんだ」
愛おしげにそんなことを言われたら、普通は嬉しかったりときめいたりするものかもしれない。
私だって例外ではなく、冷めたところはあるものの、多少は心動かされるはずだ。
なのに、まったく動揺しないどころか、気持ちが盛り下がっていくのは何故だろう。
エースだからだ。
それ以上でも以下でもない。他に理由なんてない。
「……ありがとう」
「……顔と言葉が一致していないみたいだけど?」
そういう彼は、困ったような、不思議そうな表情。これだけを見ていたら、とても良い人を困らせているみたい。だが、彼は良い人とは程遠い。かといって、悪い人かといえば疑問の残るところでもある。――だって、『悪い』とかいう範疇に収まらない人だから。
「理由を想像すると、こういう顔になるの」
「理由って……。君を好きな? つまり――うじうじしてて、自分が嫌いで、常に自己嫌悪の嵐で、後ろ向きで、その他色々な理由が?」
嫌われているとしか思えない。というか、聞くたびに増えている気がするのは気のせいだろうか。色々って何よ(聞きたくないが)。
「……それを、本人に堂々と言うからよ」
溜息をつきながら、頭をエースの肩にもたれかけさせる。自分の趣味とはかけ離れた、ハートの城オプションの派手なソファーは、座り心地は良い。外に出ない日は、とりとめもない話をしながら、彼とソファーでだらだら過ごすのが日課になってきていた。エースはというと、私の右手をとって、指を曲げてみたり、握ってみたりと遊んでいる。こうして気軽に触られることにも慣れてしまった。
「だって俺、君には誠実でいたいからさ」
「……せいじつ」
ってどういう意味だっけ。別に彼が嘘つきだとか、そんなことは思わない。だが、誠実という言葉がこれほど似合わない人間もいるだろうか。
「逆に聞きたいんだけどさ」
私の手をグーパーさせながら、エースが話しだす。
「俺が言ってることって、『そのままの君が好きだ』ってことなんだぜ? それって嬉しくないのか?」
それは、あんたの言い方が悪いからよ。
でもその答えは最適解ではないと、言葉を選ぶ。油断してぶつけた言葉で、理不尽なカウンターを喰らいたくはない。
「――私、自分が嫌いだから、それを好きだって言う人が信用できないのかも」
「でも、俺はそういうところが好きだからな……。困ったな。いつまでも信用してもらえない」
ちっとも困ってない様子で、片手は私の手を握ったまま、もう片方の手は私の髪をそっとすくう。
「どうしたら、信じてくれる? もっと態度に表した方がいいのかな?」
以前にも聞いた言葉。突如変わったささやき声に、反射的に身を固くする。もう彼の目は私の手ではなく、瞳を捉えていた。逃さないとでもいうように見据えられて、背中をソファに押しつけることで、少しでも距離を取る。……無駄だとはわかっているけれど。
「結構よ」
「遠慮しなくていいんだぜ?」
「全っ然、してないから。私、あなたのこと全面的に信用しているから。これ以上態度に出さなくても十っ分にわかってるから」
さっきよりも近いエースの上半身を、さりげなく手で押し返しながら、横にずれる。
「アリス」
髪に触れていた手が、すっと頬に落ちる。そこはどこよりも、エースの熱が直に伝わってくる気がする。でも、それは錯覚だ。だって彼は、手袋をはめているのだから。
だから、今熱くなった頬は、私の内から起こった熱だ。
「好きだよ」
明らかに『意図』を含んだ言葉。何度も言われたことのある言葉なのに、鼓動が早まり顔が更に火照る。目を合わせられないほど恥ずかしいと思うのに、逸らすことができない。
乾いた手袋が私の頬を撫でる。その感触を頭の隅で感じながら、静かに唇に落ちた熱で、やっと瞳を閉じることができた。
でもそれは一瞬で、すぐに離れた温もりに寂しさを覚えてしまう。彼との行為は、その繰り返しだ。より深くなることがわかっていても、離れた瞬間はそれで終わりなような気がするし、実際に終わるのだ。ずっとこうして、触れたまま生きていくことなどできないのだから。
――そっか。
私といると、安心すると彼は言った。それに心が動かなかった理由が、今わかった。
赤いコートの背へと手を伸ばし、まるでしがみつくように衣服を掴む。エースが小さく笑ったのが、気配でわかった。
一緒にいても、安心なんてできない。ほんの少し離れただけで寂しいのだから。
03 優しい温もりは貴方とともに消える