猫の額








『まどろみの中で』 #仲花
夫婦後のお話です。




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カタン、と小さな物音で目が覚めた。
うっすらと目を開けると、部屋の隅がぼんやりと明るい。
帰ってきたんだ。今、何時なんだろう。未だにくせで時刻を考えてしまう。
衣擦れの音がして、寝台が小さく軋んだ。
「悪い、起こしたか」
「⋯ううん」
寝台に入ってきた仲謀の手をそっと握ると、柔らかく握り返される。
「今日も忙しかったね」
「ああ。しばらくは仕方ねえな」
溜息をつきながら横になり、そのまま胸元に抱き寄せられた。
「朝も早いのにね」
「ああ」
欠伸をしながら頷くその声は、もう寝てしまいそうに揺らいでいる。
埋めた胸元で大きく息を吸うと墨の匂いがした。顔は見えないから、寂しさを隠すこ
とができる。
「お前は?」
「ん?」
「今日何してた?」
早く寝たらいいのに。
髪を漉き始めた手が泣きそうなほど優しくて、背中に回した手に力をこめる。
「楽しかったよ」
「だから何してたか聞いてんだよ」
「ひみつ」
「なんだそりゃ」
ふっと笑う声。顔は見えなくても、どんな表情なのかすぐに思い浮かべることができ
る。その顔が好きだから、直接見たいのにな、と思う。
「仲謀」
どんなに忙しくても、疲れていても、意識を手放す寸前まで大事に想ってくれている
ことを知っているから。
「おやすみ」
おやすみ、と言い合えた日は、寂しさが少し溶けていく。

三国恋戦記 編集

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